思ひ出

 

はじめに
2003/05/18 岩手にてアフリカツインとは、本田技研工業(株)製の排気量650ccと750cc(ナナハン)モーターバイクです。1980年代後半にパリ・ダカールラリーで4連勝したNXRのレプリカマシンです。
1988年の発売後、2度に渡るフルモデルチェンジでレプリカ色は薄れましたが、長距離ツーリングにはもってこいの1台です。
ちなみに私のアフリカツインは
1台目:1998年製造、排気量は750ccです。
2台目:1988年製造、排気量は650ccです。
エンジンはどちらも水冷4サイクル52°V型2気筒でマイルドながらも鼓動感があります。
ガソリンタンク容量はそれぞれ24リットル(排気量650cc)と23リットル(排気量750cc)。燃費がよく、満タン状態から400km以上走ることもあります。
そして乾燥重量は195kg(排気量650cc)と207kg(排気量750cc)。大型バイクとしては比較的軽量ではありますが、エンジンやタンク位置の影響で重心が高く、倒した時に起こすのが一苦労というより起こせないし。(滝汗)
更にシート高も87cmと高いので足つきはヒジョーにしんどいながらも走行時の長めの良さは最高です。

以上を踏まえて「Memories1998-2003」篇、どうぞご覧くださいませ。


 

1998/07/12-18
1998/07/14人生初の北海道ツーリング。ちなみにアフリカツインでのソロツーリングは2回目でした。今ではすっかり枯れてしまいましたが当時は微妙に勢いなぞあった模様です。(笑)

閑話休題。出発直前にキャンプ道具を一気に買い揃え、初めてフェリー(東京〜釧路)に乗船し、そして説明書を片手に(恥)初めてテントを張ったのが、知床半島の付け根にある国設羅臼野営場でございました。
何故上陸初日に羅臼を目指したかと申しますと、当時は「次にいつ行けるかわからない遠い遠い場所」と思い込んでいた程で、まさか4年後に長期滞在するとは・・・。当の本人が一番驚いてたりして。(しみじみ)

またこの年は9月に再び北海道ツーリングを敢行したところ2週間の滞在中に2回台風直撃しました。うち1回は国設羅臼野営場で。荒れ狂う風の恐ろしさを目の当たりにしました・・・すごいのすごいのすごいんだからもうってば。(力説)

さて画像の場所は上陸1日目に訪れた開陽台展望台です。はためく黄色のホクレン旗(=北海道のガソリンスタンドチェーンで夏休み期間中に給油したライダーを対象に配布、当時は地域別に4色あり)が何とも初々しゅうございますね。(大嘘)そして現在の積載量を知る方には驚愕の荷物の少なさ。自分でもあれから一体何が増えたのかよくわかりません。(ヲイ)

 

 

1999/10/10-11
1999/10/11郵政メールでの勧誘がきっかけでパソコン一式を買い揃え、そして日本一のアフリカツインサイト「日刊アフリカツイン」MLに加えて頂いてから約1年。
私の初めて参加した「日刊アフリカツイン」公式オフミ「VRM(ビクトリーラン・ミーティング)」は宮城県南部の海岸で開催された第5回東北VRMでした。

さて右上の画像はVRM2日目、集合写真撮影時の様子です。集まったバイクは約50台でした。
ML上で幾度もお見掛けしたメンバーさんの名前と顔が一致した瞬間の衝撃!?や、ビクトリーラン(左下の画像)では防波堤から数m下の砂浜にアフリカごと転落しかけたこと(恥)、また夜宴で振る舞われた芋の子汁(岩手バージョン)を始めとする諸国名産品の美味しさ等々今でも鮮明に記憶しています。皆さんのお心遣いがとても有り難かったです。(感涙)

走ってますそういえば東北の勇者ことうめさん所有の「うめさん号」初試乗もこの日でした。ノーマルのアフリカツインとはまるっきり違う軽快さに驚き、更にオプショナルツアーで砂浜を疾走するアフリカたちに目が点になったものです。これがまたすごかったんですよ・・・はい。

 

2000/04/02
2000/04/02ただでさえ重いアフリカに荷物沢山積んで更に重くして(うろ覚え)」東北VRMに現れた姿を憶えていて下さったようでお声が掛かりまして「Off Road Bum No.3(エイ出版社)」の取材に参加することになりました。

場所は静岡県御殿場市内の某所、後方には富士山の姿が。ちょっと見づらいですがおわかり頂けますかしら?

さてこの日も某所を疾走するアフリカたちに目が点になりました。これもまたすごかったんですよ、はい。それから寒さでぶるぶる震えたり個別撮影にドキドキしたり集団走行時の撮影ではUターンに手こずってお待たせしたり(平にご容赦を!)でしたが、ご一緒した方から色々なお話を伺うこともできてとても新鮮で充実した1日だったことを憶えています。
*取材の様子はこちらをどうぞ。

そうそう「Off Road Bum」誌をご覧になって「どうして錚々たる参加メンバーの中にきみみぃ(=管理人)のようなゆるゆるなアフリカオーナーがいるのさ???」とお思いになられた貴方!ゆるさ加減でしたら本人が一番よおーくわかっておりますのでどうぞご安心を。(ん?)

またこの年の秋にも「Off Road Bum No.5(エイ出版社)」にてビッグオフオーナーの女性を紹介する記事にお声掛け頂きました。この取材に参加された方々も皆さん魅力的な方ばかりでこれもまたとても楽しい思ひ出です。

Off Road Bum No.3
Off Road Bum No.5

 

2001/9/01-16
2001/09/14行きつけのバイク屋さんから「仙台〜苫小牧フェリーチケット(往復)が2000円(うろ覚え)で手に入るんだけど行かない?」と声が掛かり「ってことは仙台名物牛タン定食2回は確実に食べられるジャン!」と牛タン好きの血が騒いだので(意味不明)3回目の北海道ツーリングを敢行いたしました。

さてこの年の主な滞在地は屈斜路湖〜羅臼〜標津〜新冠〜苫小牧でした。
そしてまたもや台風直撃の憂き目に合い、テレビで台風情報を見ていると・・・突然映像が晴天にそびえ立つ高層ビルへと切り替わり・・・。忘れることはできません。

画像は道内最終日、苫小牧港近くのウトナイ湖へ至る道にて。Uターンコケ(恥)記念写真でございます。
で、牛タンですか?もちろん美味しく頂きましたよ。仙台で2回、北海道で1回。あとソフトクリームは16日間で20個食してしまいました。(乳脂肪好きのお莫迦なのです)

そしてこの旅の締めくくりはBig Bird Meetingというビッグオフロードバイクを対象としたイベントでございました。
「大井松田(神奈川県)に謎の団体が集まりますよー」とのお誘いがあり、仙台港から会場へほぼ直行したところそこには・・・フロントフェンダーに「ホッピー」千社札の眩しいアフリカツインが。(笑)ちなみにオーナーさんの姿を初めて見たのはそれから3ヶ月後でしたっけ。(汗)

 

2002/05/31-10/06
2002/06/264回目の渡道。
北海道東北端に位置する知床半島、その付け根の町羅臼にて約4ヶ月間暮らしました。この間インターネットカフェ「知床倶楽部」での勤務を通じて地元の方々と出会い、そして「旅人をお迎えする」という素敵な経験に恵まれました。また「日刊アフリカツイン」のMLメンバーさんたちが貴重な滞在時間を割いてお越し下さったこと、本当に本当に嬉しかったです。

さて左の画像の場所は羅臼とウトロを結ぶ知床横断道路の10合目にある『知床峠展望台』です(06/26)。
何と前日は数十年振りの降雪!で峠が一時通行止めとなりましたが、うって変わって快晴のこの日、日陰に僅かながら雪が残っておりまして指で触れてみると当然の如く冷とうございました。

Dream Bikes Vol.1そうそう、家(元は番屋)の蛇口をひねると敷地内の滝の水が出てきたり出てこなかったり(上下水道が通っていない場所なので滝の水が頼りなのですよ)、洗面所のガラス窓から10cmも離れていない裏庭で立派な角をたくわえたエゾシカがもりもり草を食む姿を目撃した瞬間の衝撃(笑)等々お話したいことはいっぱいあるのですが、それはまた別の機会にということで・・・。

・・・実は羅臼滞在中に急遽地元へと舞い戻ること数回ございました。
その内の1つ「Dream Bikes Vol1.取材レポ」はこちらをどうぞ。

 

2003/05/10-19
2003/08/315回目(になるのかな)の渡道。
羅臼滞在中は行者ニンニク採りに生まれて初めての(クロスカントリー)スキー、更には羅臼の美味しいお魚をご馳走になったりと大充実の日々でした。
ちなみに今回は往路に飛行機、復路にバイクを使用したのですが、この時期の北海道ツーリングもとてもよいですよ。まだ桜のつぼみの固い羅臼から春の盛りを迎えた苫小牧、そしてフェリーで八戸に渡り南下するにつれて初夏を思わせる陽気に・・・と季節の移り変わりを肌で感じられて。お勧めです。

遅ればせながら・・・前年の渡道から今回の渡道にかけての1年間にお世話になりました全ての人に心から感謝いたします。その節は本当に有難うございました!

さて右の写真たちは、82さんがSX-70(ポラロイド社製インスタントカメラ)のファインダー越しに見た北の大地です。

そうそう、スキー中に突如現れた白犬に押し倒されそうになったり、突如目前に現れた某氏に思わず毒づきをぶちかましちゃったり(本人はいたく喜んでいたけれど)、それから仙台で牛タンを食したときの悦び(笑)等々お話したいことはいっぱいあるのですが、これもまた別の機会にということで・・・。

 

〜1998/04/02 (おまけ)
1996/09/08-15

スポーツスター人生初のお泊まりツーリング。

行きつけのバイク屋さんのお誘いでアメリカ西部ツーリングに参加しました。
当時の私は普通自動二輪免許を所有していましたが、国際免許証(ジュネーブ条約加盟国で有効・各都道府県の免許センターにて書類申請が必要)の取得によってアメリカでは排気量無制限で乗ることが可能となりました。

さて6泊8日のうち4日間を利用してロサンゼルス〜グランドキャニオン〜モニュメントバレー〜ザイオン国立公園〜ラスベガス〜ロサンゼルスを走りました。
このツアーはバイクは2人に1台の割当だったので、自分で走るだけでなくタンデムや伴走車での移動など、いろいろな視点で旅を楽しめたのは今でもとてもよかったなと思っています。
しかし何分人生初の経験ゆえペース配分が全くわからず(滝汗)ヘロヘロ状態となりつつもモニュメントバレーでお見合い写真(笑)を撮ってみたところ・・・。
果たして効果の程は?ですか!?・・・きっ聞くんじゃないっ!!(笑)

(2004/06/01追記)
ちなみに出発前の日本国内での総走行距離は約1000kmちょっとでした。桁、間違えてないですよー。
・・・このツーリングに参加できたお陰で今の私があるといっても過言ではありません。それからバイク屋さんに対してココロから感謝こそすれども非難するキモチは全くありません。そうじゃなければ何年も通い続けたりしないもの。
しかし、もっとツーリングの経験を積んでからのほうがもっと楽しめただろうし、何よりも一緒に参加した人達の負担を減らすことができた筈・・・という自分自身に対する反省のキモチ、後悔の念もずっと消すことができないのです。
だからこそ「いつの日かまた行くんだ!」ってずっと思い続けているのカモ。


1996/11/22

ディグリー人生初の日帰りソロツーリング。

当時はHONDAディグリー(排気量250cc)に乗っておりまして、千葉の自宅から北茨城の袋田の滝、そして竜神大吊橋を巡りました。走行距離は確か200km程だったでしょうか。帰宅後はヘロヘロ状態と化しておりました。(笑)
それから人生初の林道は富士山麓のガレガレな場所(名称不明)で当然の如く人馬もろともボコボコになった(涙)のを憶えています。

ちなみにディグリーは私にとって初めての1台でした。バイク屋さんのお父さんの言葉通り、足つきも良く無理せずに乗ることができて恐がりの私には最適なマシンでした。しかし生産終了とのことでちょっぴり残念・・・。


1997/12/03

運転免許申請書約1年、12回目の挑戦で限定解除に合格しました。

受験のたびに「運転免許申請書(技能試験受験申請書)」なる用紙を提出するのですが、悲しいかな不合格の場合は試験棟から「はーい発着点に帰ってきてー」なるアナウンスの後、「ちょっとメリハリが足りなかったねー」とか何とか言われながら試験官のおぢさまから申請書返却の憂き目に遭うわけですよ。(涙)
で、手元に11枚残ったというわけです。(嗚呼)

話を戻して、翌日に行きつけのバイク屋さんへ合格の報告に訪れると「アフリカツイン'98国内仕様の予約期間過ぎちゃってるんだけど今なら間に合うよ」との悪魔(ごめんなさい冗談です天使ですー)のささやきが・・・。

それから工場生産の都合で4ヶ月後に納車となりました。

 

2004〜
RD03&RD07

 

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